| ■ ウォッカ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ウォッカ<VODKA>の歴史 穀類・芽類を原料としたロシアで生まれた無職無臭の癖のない お酒。蒸留した後、白樺の活性炭で2回以上濾過しているのが 特徴です。 最初のウォッカは12世紀のロシアでのお話。 当時は蜂蜜を原料に作られていました。 が、当時効果だった甘味料である蜂蜜を使ったお酒はあまり飲 めず庶民にはあまり手の届くものではありませんでした。 そこで穀類からお酒を作る事を考えた農民たちによって 現在のウォッカの原型が出来たと言われています。 後にロシア革命が起こり、亡命者が世界各地に散らばったとき、 ウォッカも一緒に世界に広まりました。 当時の蜂蜜酒の名前を「ズィズネーニャ・ワダ」(命の水の意味) と言いました。そして、ウォッカとはワダの愛称です。 さらにアメリカ大陸からジャガイモやトウモロコシが入ってくると それらからもお酒が作られるようになり、近年のウォッカが完成し ました。
≪トピック≫ 約200年前、ピエール・スミノフはウオッカやリキュールに関する一流酒 造家で彼の作ったウォッカはロシアの一般家庭で絶大な人気でした。 当時の皇帝にも評判は伝わり、1886年には皇帝アレクサンドル3世に 「皇帝御用達」の品に命じられました。 また当時ロシア皇帝以外のヨーロッパ各国王にも愛飲されていた そうです。このためスミノフ家は世界一の富豪となり、その年間所 得は日本円にして約42億3千万円にもなっていたそうです。 しかし1917年のロシア革命で全ての産業が国有化され、スミノフ社は 崩壊。スミノフ家の人々も次々処刑されました。 この事態に社長のウラジミール・スミノフはパリに亡命。そこで亡命ロシア 人のために小さな工場でウオッカを製造するようになりました。 その後1933年アメリカに亡命していたルドルフ・クネットがスミノフを訪れ、 カナダとアメリカにおける製造権と商標権の譲渡を申し入れました。 彼はこれを受託、禁酒法撤廃後のアメリカでウォッカが販売されるよう になりました。1939年にヒューブライン社が参画して販売量が増進、 世界のブランドに成長しました。現在も人気の高いモスコミュールは スミノフの販売促進のためにヒューブライン社が作ったと言う事は有名な エピソードです。 |
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